石仏ウォッチング 甲山八十八ヶ所

 このコーナーでは、甲山 神呪寺(かんのうじ)にある四国八十八ヶ所の石仏を紹介しております。
この石仏は、江戸時代の寛政9年(1797年)6月に神呪寺第62代住職 蓮眼和尚によって創立されました。
四国が遠かった時代、手軽に四国霊場を参拝できるとあって庶民の人気を集めました。
六甲山系にある四国八十八ヶ所は、私の調べたところでは、甲山 神呪寺の他に、再度山 大竜寺、摩耶山 天上寺奥の院跡(摩耶山山頂)、一王山 十善寺(神戸大学の東)、明光寺(別名 萩の寺 高取山の登り口)があるが、大竜寺はよく整備されているものの御堂の作りが画一的で時代も新しい、天上寺奥の院跡は石材だけが積み重ねられた壊滅状態で見る影もなし、十善寺と明光寺は、町にあまりに近く、御堂も小ぶりでその上欠落した御堂も多い。よって、六甲山系の四国八十八ヶ所においては、私の個人的見解では甲山 神呪寺がもっとも変化に富み充実していると思われる。

参考文献 「神呪寺八十八箇所調査報告書(西宮市文化財資料第四十二号)」 
         西宮市教育委員会 1997年刊 西宮市立図書館蔵書No.317020519
       「四国遍路 八十八の本尊」    櫻井恵武著 2002年刊 尼崎北図書館蔵書No.211588591
       「四国八十八ヶ所 詳細地図帳」  雑誌 四国

1章 阿波 発心の道場 第1番〜第23番

御詠歌の解釈についての参照リンク

第一番
 霊山寺

  (りょうぜんじ)

本尊:釈迦如来

詠歌
霊山の釈迦の御前にめぐりきて
 よろずの罪も消えうせにけり

第一番札所は、やはり気がひきしまる。
1985年5月2日、妻とともに阿波の霊山寺に参拝した時、なんとも言えないすがすがしい一陣の風が、私の胸を吹き抜けたことを今もはっきりと思い出す。
 仏説摩訶般若波羅蜜多心経
 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時
 照見五蘊皆空 度一切苦厄・・・

石仏の調査
本尊は釈迦如来であるが、石仏は頭部の特徴から明らかに十一面観世音菩薩である。


南無大師遍照金剛
水大師。水と大師は切っても切れぬ仲だ。 石仏:十一面観世音菩薩
第二番
 極楽寺

  (ごくらくじ)

本尊:阿弥陀如来

詠歌
極楽の弥陀の浄土へ行きたくば
 南無阿弥陀仏口ぐせにせよ

第一番札所から第二番札所までは1.2kmの道のりだ。阿波は発心の道場と呼ばれ、歩き遍路も最初は楽だ。
そしてこれが、八十八ヶ所巡礼の旅への自信と希望につながる。
これも、弥陀の慈悲であろうか。
石垣の上に鎮座した石仏 石仏:阿弥陀如来
第三番
 金泉寺

  (こんせんじ)

本尊:釈迦如来

詠歌
極楽のたからの池を思えただ
 黄金の泉すみたたえたる

この寺は昔、金光明寺と呼ばれていたが、後に来錫された弘法大師が井戸の水が湧き出るさまを見て、ここに堂宇を建立し金泉寺と名づけたと伝えられる。井戸は今も黄金井として境内にある。
コンクリートのブロックのお堂 石仏:釈迦如来
俯きかげんの優しいお顔だ。
第四番
 大日寺

  (だいにちじ)

本尊:大日如来

詠歌
眺むれば月白妙の夜半なれや
 ただ黒谷に墨染の袖

大日如来は、密教の中心となる仏であり、宇宙の中心である。
それゆえ、四国八十八ヶ所の中でも大日寺と称する寺が、4番、13番、28番と三ヶ所もある。
これは立派な石造りのお堂 石仏:金剛界大日如来
第五番
 地蔵寺

  (じぞうじ)

本尊:勝軍地蔵菩薩

詠歌
六道の能化の地蔵大菩薩
 みちびき給えこの世のちの世

この寺の奥の院に祀られている五百羅漢には、亡き人に似た人が必ず居るといわれている。しかし、私は心眼が曇っているのか、誰も見つけ出すことができなかった。
 御本尊の勝軍地蔵菩薩は戦に通じるためか、義経、蜂須賀の信仰が厚かった。
お地蔵様は、やはり青天井が似合う。 石仏:地蔵菩薩
第六番
 安楽寺

  (あんらくじ)

本尊:薬師如来

詠歌
かりの世に知行争う無益なり
 安楽国の守護をのぞめよ

この寺の山号は温泉山といい、鉄さび色の温泉が湧き出たと記録にある。
四国八十八ヶ所の第一日目、私はこの寺に泊まり、風呂に入り、法話を聞いた。この寺は、遍路を泊める駅路寺の一つである。 病気や災難から救ってくれる薬師如来に対する信仰は篤く、薬師如来を本尊とする札所は二十四ヶ寺にのぼる。
立派な瓦葺の御堂だ。 石仏:薬師如来
第七番
 十楽寺

  (じゅうらくじ)

本尊:阿弥陀如来

詠歌
人間の八苦を早く離れなば
 到らん方は九品十楽

十楽寺は、朱塗りの唐風の楼門を山門とする日本では珍しい寺だ。
十楽とは、源信が往生要集の中で説いた極楽浄土で得られる下記の十の楽しみである。
 ・聖衆来迎の楽
 ・蓮華初開の楽
 ・身相神通の楽
 ・五妙境界の楽
 ・快楽不退の楽
 ・引接結縁の楽
 ・聖衆倶会の楽
 ・見仏聞法の楽
 ・随心供仏の楽
 ・増進仏道の楽
厳密には、極楽浄土は、我々の住む娑婆世界と仏の世界との中間に位置するもので、将来悟りをひらくことが約束されている世界である。
つまり、極楽浄土といえども、さらなる修行が必要であり、十楽は悟りに到る楽しみを表すものである。

石仏の調査
石仏が磨耗しているので判定は困難であるが、第七番の本尊は阿弥陀如来であることから、石仏は定印(じょういん)阿弥陀如来座像の可能性が高い。
石仏:阿弥陀如来(左)、右は弘法大師 弘法大師の台座には阿弥陀如来と刻まれている。
石仏の基部はコンクリートに埋め込まれている。 石仏の頭部
第八番
 熊谷寺

  (くまたにじ)

本尊:千手観世音菩薩
 千手観音は、正式には千手千眼観世音菩薩と呼ばれ、古代インドの神々が仏教に取り込まれて成立したもので、千の手と、そのそれぞれの手のひらに眼を持つ。千の手と千の眼で、すべての人々への救いを象徴的に表現している。四国八十八ヶ所では、十三ヶ寺が本尊と仰ぐ人気の観音様である。

詠歌
薪とり水くま谷の寺にきて
 難行するも後の世のため

石仏:千手観世音菩薩
第九番
 法輪寺

  (ほうりんじ)

本尊:涅槃釈迦如来
 釈迦涅槃像は、沙羅双樹のもとで入滅せんとする釈迦の像で、寝釈迦とも呼ばれる。北を枕とし、右脇を下にして西向きに身を横たえる。

詠歌
大乗のひほうも科もひるがえし
 転法輪の縁とこそきけ

石仏の調査
本尊は涅槃釈迦如来であるが、石仏の印の形から定印(じょういん)阿弥陀如来座像と推定される。
石仏:定印阿弥陀如来
第十番
 切幡寺

  (きりはたじ)
 この地を通りかかった大師は、機を織る音を耳にし衣の破れを繕う布切れを所望した。機織の娘は、織りかけの布を惜しげもなく差し出した。感謝した大師は、娘の願いを聞き入れ得度させたところ、娘はたちまち千手観音の姿になった。

本尊:千手観世音菩薩

詠歌
欲心をただ一すじに切幡寺
 後の世までの障りとぞなる
石仏:千手観世音菩薩
第十一番
 藤井寺

  (ふじいでら)

本尊:薬師如来

詠歌
色も香も無比中道の藤井寺
 真如の波のたたぬ日もなし

1985年5月3日、この日は第7番の十楽寺から歩き、くたくたになってここにたどり着いた。
その時、境内の藤が夕暮れの中にぼんやり浮かんでいたのを思い出す。
「くたびれて宿借るころや藤の花」
芭蕉の句が実感となってせまる。

付記
つまらないことかも知れないが、四国八十八ヶ所の中で、この寺だけが、寺の字を「じ」ではなく「てら」と読む。何故か不思議だ。
御堂は岩窟だ。 石仏:薬師如来(左)
第十二番
 焼山寺

  (しょうさんじ)

本尊:虚空蔵菩薩

詠歌
のちの世を思えば恭敬焼山寺
 死出や三途の難所ありとも

藤井寺から焼山寺へは、16kmに及ぶ山越えの道である。汗かきながら歩ける、趣のある遍路道だ。焼山寺は、弘法大師が虚空蔵求聞持法を修し、虚空蔵菩薩を感得した寺として有名である。

石仏の調査
石仏は、観音像の特色である頭髪部の正面に化仏(けぶつ)と称する阿弥陀如来の小像を戴くこと、左手に福・徳・知のつまった宝珠を載せた蓮華を持つことから聖観世音菩薩と判断される。
石仏:聖観世音菩薩
第十三番
 大日寺

  (だいにちじ)

本尊:十一面観世音菩薩
 十一面観音は、頭部に十一面の顔を持つ観音で、前の三面は慈悲相、左の三面は憤怒相、右の三面は白い牙を出した相、真後ろは暴悪大笑相、最上部は如来相である。
前の三面は素直に仏に従う人に慈悲を垂れ、左の三面は従わないで勝手なことをしている人に対して怒り、右の三面は善行の人をほめたたえ、後の一面はゆとりを表している。
四国八十八ヶ所では、十一ヶ寺が本尊と仰ぐ人気の観音様である。

詠歌
阿波の国一の宮とはゆうだすき
 かけてたのめやこの世後の世

石仏の調査
「神呪寺八十八箇所調査報告書(西宮市文化財資料第四十二号)」によると、『新しい板碑型の聖観世音菩薩』とあるが、これは明らかに十一面観世音菩薩である。
「十三番十一面観世音大士」の石柱(左)と
板碑型の聖観世音菩薩(右) 
石仏:十一面観世音菩薩
第十四番
 常楽寺

  (じょうらくじ)

本尊:弥勒菩薩
 常楽寺は、四国八十八ヶ所で弥勒菩薩を本尊とする唯一の寺である。弥勒菩薩は、釈迦入滅後、五十六億七千万年ののちに仏となって世を救うといわれている。
その間、弥勒菩薩は、兜率天で未来に思いをはせ瞑想を続けている。

詠歌
常楽の岸にはいつか到らまし
 広誓の船に乗りおくれずば
石仏:宝塔を持つ弥勒菩薩
第十五番
 国分寺

  (こくぶんじ)
 国分寺は、聖武天皇の勅願により天平13年(741年)国家鎮護のため国毎に建立された寺で、大和の東大寺を総国分寺とした。
四国では、阿波第十五番、土佐第二十九番、伊予第五十九番、讃岐八十番の四ヶ寺がある。

本尊:薬師如来

詠歌
薄く濃くわけわけ色を染めぬれば
 流転生死の秋のもみじ葉

石仏:薬師如来
第十六番
 観音寺

  (かんおんじ)
 この寺には弘法大師の筆跡を刻印したと伝えられる四国霊場唯一の光明真言の印判がある。この印判は、遍路の白い衣の襟になつ押印される。
 光明真言とは、密教の中心たる大日如来の次のような真言である。
 おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん

本尊:千手観世音菩薩

詠歌
忘れずも導き給え観音寺
 西方世界弥陀の浄土へ
背後の岩の上から後光が・・・ 石仏:千手観世音菩薩
第十七番
 井戸寺

  (いどじ)

本尊:七仏薬師如来
 井戸寺の本堂内陣には、中央の薬師如来と左右にそれぞれ三体ずつ計七体の本尊が座す。七仏とは、薬師如来の分身とも、あるいは別物ともいわれ、利益を七つにわけてそれぞれを信仰の対象とするものである。

詠歌
おもがげを映してみれば井戸の水
 むすべば胸の垢やおちなむ
石仏:薬師如来
第十八番
 恩山寺

  (おんざんじ)
 この寺の山号は母養山。山号と寺号は、寺で修行中の弘法大師を母の玉依御前が訪ねた際、寺が女人禁制であったため、大師が山門近くで七日間女人解禁を祈願し、母を寺に迎え入れて孝養を尽くしたという伝説にちなんでいる。

本尊:薬師如来

詠歌
子をうめるその父母の恩山寺
 訪らひがたきことはあらじな
石仏:薬師如来
第十九番
 立江寺

  (たつえじ)
 立江寺は阿波の関所寺で、心がけの良くない人や悪いことをした人は仏罰を受けるとされている。関所寺は四国霊場で四ヶ所あり、土佐第二十七番神峯寺、伊予第六十番横峰寺、讃岐第六十六番雲辺寺である。
立江寺には、享保三年(1718年)お京なる女が夫要助を殺し、密夫長蔵とこの寺まで逃げて来た時、その髪が逆立ち、鐘の緒に巻き上げられたという伝説が残されている。

本尊:延命地蔵菩薩

詠歌
いつかさて西の住居のわが立江
 弘誓の舟に乗りていたらむ
石仏:地蔵菩薩
第二十番
 鶴林寺

  (かくりんじ)
 「鶴林」とは、釈迦入滅の折、沙羅双樹の葉が鶴の羽へのように白くなったことから、釈迦の涅槃を意味する。

本尊:地蔵大菩薩
 地蔵菩薩はサンスクリット語で、クシティ・ガルバという。クシチィは「大地」、ガルバは「母胎」を意味し「蔵」と訳される。大地の内蔵している力を象徴し、すべてのものを育て、やさいし心を育む。
釈迦入滅後、五十六億七千万年後に弥勒菩薩が仏となるまでは、我々の住む娑婆世界は仏の居ない無仏の時代である。このため、釈迦は濁悪の娑婆世界を救済するため地蔵菩薩を遣わした。地蔵菩薩は、この世にあって、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上という六道、つまり生きとし生けるものが苦しみ悩む六つの生死の繰り返しの世界、六道輪廻の苦しみをやわらげ救い取る。
地蔵菩薩は、頭を丸めた墨染めの衣姿をしており、菩薩であるにもかかわらずきらびやかな装飾を身につけていない。我々と共に、苦しみ悩みぬく道を歩み、一切の衆生を救うまで自らも成仏しないと誓われた菩薩である。
自らは路傍の石と成りても、衆生を救わんとする地蔵の慈悲知るべし。

詠歌
しげりつる鶴の林をしるべにて
 大師ぞいます地蔵帝釈

石仏の調査
表面に模様の跡もなく、どう見てもただの岩石である。
石仏:地蔵菩薩???地蔵の究極の姿は、まさしくただの石かもしれない。
地蔵菩薩を表す梵字「イー」である。 人がたの奇妙な石像、裏六甲の多聞寺にこれと似た石像があることから、これは羅漢と推定される。
第二十一番
 太龍寺

  (たいりゅうじ)

本尊:虚空蔵菩薩
無限に広がる虚空のように広大な功徳をもって衆生を救い、あらゆる望みをかなえるといわれる。太龍寺の大瀧嶽は、若き日の弘法大師がすべてを暗記することのできる能力が得られるという虚空蔵求聞持法を修した所として有名である

詠歌
太龍の常に住むぞやげに岩屋
 舎心聞持は守護のためなり
石仏:虚空蔵菩薩
第二十二番
 平等寺

  (びょうどうじ)
この地に来錫された弘法大師は、瑞雲のなかに梵字が現れるのを見て加持を行ったところ、薬師如来の尊像を感得した。大師が供える水を求めて井戸を掘ると、乳白色の水が湧き出た。この水は、万病に効く「弘法の水」として知られている。

本尊:薬師如来

詠歌
平等にへだてのなきと聞く時は
 あら頼もしき仏とぞみる
石仏:薬師如来
第二十三番
 薬王寺

  (やくおうじ)
この寺は、弘仁六年(815年)厄除けの祈願寺として薬師如来を本尊として開山された。
その後、文治四年(1188年)の火災の時、本尊は自ら西の山に飛ばれ難をのがれられた。寺が再建され、新しい本尊が本堂に安置されると、避難されていた本尊が再び戻ってこられ、後ろ向きに本堂に入られたと伝えられる。
現在、本堂には二体の薬師如来が祭られていて、後ろ向きの薬師如来は本堂の裏から拝することができる。

本尊:薬師如来

詠歌
皆人の病みぬる年の薬王寺
 るりの薬をあたへまします

石仏:薬師如来

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